“科学者の前に、人間であれ”―中村桂子さんと考える、311後の生き方と生命誌

開催日2025年3月19日
ゲスト中村桂子さん
コメンテーター稲本 正

10月20日の「共生進化ネット with 稲本正」では、生命科学者の中村桂子さんをゲストに迎え、「生命」を土台にした生き方と社会との関わり方について、じっくり語り合いました。
前回までに共有してきた「生命誌(せいめいし)」の考え方を踏まえ、今回はより具体的に、「専門」と「日常」をどう結び直すのかがテーマになっています。


原発研究の現場で見た「生命の危うさ」

冒頭、稲本さんは自身の原点を語ります。
本来は理論物理を志していたものの、実験物理へ進み、原子力発電に関わる研究にも触れたそうです。

そこで強烈に印象に残ったのが、液体窒素(マイナス196度)の冷却実験でした。教授が冷たさを示すために金魚を液体窒素に入れ、水に戻すと動き出す――そんな光景を目の当たりにした一方、凍った金魚が床に落ちて砕け、命が失われる瞬間も見てしまいました。

「生命って、こんなにも危ういのか」
その感覚が、稲本さんの中に深く残ったといいます。

そして原発について学べば学ぶほど、危険性が明確になっていく。巨大なエネルギーを人間社会が本当に制御できるのか――そうした疑問が強まっていったそうです。

311が突きつけた「想定外」という言葉の危うさ

中村さんの話は、2011年3月11日の出来事へとつながります。
原子力発電所の事故を前に、多くの人が口にしたのが「想定外」という言葉でした。

しかし中村さんは、自然や生命に向き合うなら、本来「想定外」で済ませてはいけないと指摘します。
それにもかかわらず「機械の世界ならコントロールできる」と思い込んだ結果、起きた出来事を“想定外”として処理してしまった。そこに、科学技術の考え方の限界が表れているのだ、と。

だからこそ、この問題は「専門家として」ではなく、「人間として」「生活者として」考え直す必要がある。中村さんの言葉には、その強い決意がにじんでいました。

「食べること」を守る人が、いちばん強かった

311の混乱の中で、中村さんが特に胸を打たれたのが、被害を受けた農家の方の言葉だったそうです。

大きな影響を受けながらも、
「食べることは大事だ。だから、きちんと生きていかなければならない」
と、はっきり言い切った。

科学者がオロオロしてしまう場面もある中で、日常を支える営みを手放さない人の強さが際立った――この話は、今回の対話全体を貫く芯になっていました。

科学と日常を分けない「重ね描き」という考え方

では、科学と生活をどうつなぐのか。
ここで出てきたキーワードが「重ね描き」です。

たとえば、バラを見て「きれいだな」と感じること。
同時に「なぜ遺伝子が働いて、この花が咲くのだろう」と考えること。
この二つを切り離すのではなく、いつも重ねて捉えていく。

科学を否定する必要はありません。
ただし「科学だけで分かる」と言い切ってしまうのも違う。
感性と科学を重ねることで、世界の見え方は深くなる――中村さんはそう語ります。

稲本さんも、植物が「なぜ緑なのか」という疑問を通して、科学的理解と感覚がつながった体験を紹介していました。
「緑を見ると落ち着く」という感覚と、光や植物の仕組みが結びつくと、同じ景色が違って見えてくるのです。

体験が、人を“生き物”に戻してくれる

中村さんは「自然の中で、生き物として生きる体験がなければ、この視点は身につかない」と強調します。
その実践として紹介されたのが、福島県北方市で進めている「小学校の農業科」です。

教育改革の議論では、AIやコンピューター、英語が重視されがちです。
中村さんもそれらの重要性を認めた上で、こう問いかけました。

「コンピューターで株価が分かるのは分かりました。でも子どもはその前に、畑の“株”を知った方がいいのでは?」

この発言がきっかけとなり、自治体や教育委員会の努力で、農業科が時間割の中に組み込まれる形で実現しました。

単発の体験ではなく、算数と同じように“毎日ある授業”にする。
それによって、子どもたちは一年中、生き物の変化を気にし、責任を持って向き合うようになります。
さらに先生だけでは教えられないため、地域の高齢者が活躍し、世代間の関係も良くなる――まさに社会全体を巻き込む取り組みになっていました。

ウイルスは「悪者」ではなく、世界を動かす存在

後半は、中村さんの新刊にもつながる「ウイルス」の話題へ。
コロナ禍を経験した私たちは、ウイルスを「排除すべき悪者」として捉えがちです。

しかし中村さんは、ウイルスを「動く遺伝子」として説明します。
遺伝子は親から子へ縦に伝わるだけでなく、横にも動く。
その動きを助ける仕組みの一つがウイルスであり、生き物の世界をダイナミックにしている存在でもある。

もちろん、人間に害を及ぼす局面では対抗が必要です。
ただ、存在そのものを「悪」と決めつけると、生命の全体像を見誤る―そんなメッセージが込められていました。

「分からない」からこそ、人は謙虚になれる

宇宙研究の例も引きながら、「調べれば調べるほど分からないことが増える」という話が出ました。
そのとき人は、自然に謙虚になります。

中村さんは、この「謙虚」という言葉こそ、これからの時代にとても大切だと語ります。
生命のことは、分からないことだらけです。
だからこそ、一方的に支配するのではなく、学び続ける姿勢が必要なのです。

結局、「食べる」ことが生き方の根っこになる

議論は最後に、農業と土へ戻っていきます。
人類は農業を始め、文明を発展させてきましたが、その過程で農業は工業化し、土の力を損なう方向にも進んできました。

いま再び「人間は生き物の世界の中にいる」という前提から、農業を見直す。
土を再生させる動き(リジェネレーション)を含め、暮らしを立て直す。
それが、今いちばん大切なことではないか―そんな提案で話は締めくくられました。

食べたものが明日の自分を作る。
この当たり前を、社会の中心に戻していく。
そこに、生命誌が目指す未来があるのだと感じました。


次回予告

この回で中村桂子さんの出演は一区切りとなり、次回は野中さんが登場します。
今後も情報を蓄積して「一緒に考える場」を作り続けていくと語られていました。