環境問題の正体は“文化”だった─人類の未来を変える総合地球環境学研究所の挑戦

開催日2025年3月30日
ゲスト山極壽一さん
コメンテーター稲本 正

環境問題の本質は「人間の文化」にある

京都にある美しい庭園を備えた研究施設「総合地球環境学研究所」。
その名前から、自然科学中心の研究所だと思われがちですが、実はここは人文学系の研究機関です。

この研究所は「人間文化研究機構」に属する6つの研究所の一つで、歴史学・国文学・民族学・国際日本文化研究などと並び、人間の価値観や文化を軸に地球環境問題を研究しています。

2000年の設立当初、初代所長の日高敏隆氏はこう語りました。

「地球環境問題の根幹は、広い意味での人間の文化の問題である」

つまり、環境破壊の原因は自然そのものではなく、人間の生き方や価値観にあるという視点です。


「発展の象徴」が「破壊装置」に変わった時代

戦後の日本では、工場の煙突や高速道路、新幹線は「発展の象徴」でした。
東京オリンピックに向けてインフラが整備され、日本は急速に近代化していきました。

しかし、その裏側で公害や健康被害が深刻化し、四日市ぜんそくや水俣みなまた病など、命を脅かす問題が次々に明らかになります。

かつて「美しい未来」だと思われていた風景が、実は人間を蝕む破壊装置だった――。

ここで変わったのは、技術だけではありません。
私たちの価値観そのものです。

「便利さ」や「成長」よりも、「健康」や「持続可能性」を重視する考え方へ。

この価値観の変化こそが「文化の変化」なのです。

人新世とプラネタリー・バウンダリー

現代は「人新世ひとしんせい」と呼ばれる時代です。
人間の活動が、地球環境そのものを左右するほどの影響力を持つようになりました。

2009年に提唱された「プラネタリー・バウンダリー」では、地球の安全な限界を示す9つの指標のうち、すでに6つが限界を超えているとされています。

もはや環境問題は、「自然を守るかどうか」の話ではありません。

人類が生き続けられるかどうかの問題なのです。

京都大学総長から研究所長へ

かつて京都大学の総長を務めていた山極壽一やまぎわじゅいちさんは、現在この研究所の所長として活動しています。

京都大学は3万人規模の巨大組織。
一方、総合地球環境学研究所は約70人の小規模な組織です。

「今はまるで中小企業の社長のようです」と山極さんは語ります。

現場の細かな部分まで把握し、文系・理系を横断して研究を進める必要があります。
この“分野を超えた研究体制”こそが、現代の複雑な問題に立ち向かう鍵なのです。

研究プロジェクトは“超・選抜制”

この研究所では、毎年プロジェクトが公募されます。

  1. インキュベーション・スタディ
     構想段階の研究を1年間・100万円で検討
  2. フィージビリティ・スタディ
     実行可能性をさらに1年間検証
  3. 国際評価委員会での審査
     英語プレゼンを経て、選ばれた1〜2件のみが本格始動

最終的に選ばれた研究には、年間3,000万〜5,000万円 × 5年間の予算が投じられます。
まさに、世界レベルの選抜制研究です。

日本の食卓は、世界の資源でできている

日本の食料自給率は、カロリーベースで約30%。
つまり、私たちの食事の7割は海外に依存しています。

さらに、農業には水・燃料・肥料・輸送エネルギーが必要です。
私たちは知らないうちに、世界中の資源を消費して食事をしているのです。

研究所では「バーチャルウォーター(仮想水)」の研究を通じて、日本の生活がどれほど世界の資源に支えられているかを可視化しています。

環境問題は遠い国の話ではありません。

あなたの食卓そのものなのです。

学問の壁を壊す「超学際研究」

環境問題、食料問題、エネルギー問題―これらは、1つの学問分野では解決できません。
そこで研究所が進めているのが「超学際研究」。

大学の研究者だけでなく、自治体、企業、NGO、市民と連携し、社会全体で問題に取り組みます。
1つのプロジェクトに80〜150人の協力者が関わり、世界中にネットワークが広がっています。
研究所は“知のハブ”として、静かに、しかし確実に社会を動かしているのです。


次回予告:家族はどう進化してきたのか?

次回は、山極壽一さんの著書『家族進化論』をテーマに、人類の家族のあり方について深掘りしていく予定です。

4月6日(日)、30分の特別対談でお届けします。