| 開催日 | 2025年4月27日 |
| ゲスト | 田中優子さん |
| コメンテーター | 稲本 正 |
「江戸時代って、鎖国で、閉じた時代だったよね」
そんなイメージを持っている人は多いはずです。けれど今回の「共生進化ネット」で交わされた対話は、その常識を気持ちよくひっくり返してくれました。
今回のゲストは田中優子さん。
テーマは江戸のものづくり、文化、そして“自然と人間の関係”。
話が進むほどに見えてきたのは、江戸という時代が思っている以上に「開かれていて」「ユーモラスで」「したたか」だったという事実でした。
「紙に漆を塗ると、虫に食われない」江戸の技術は復活できるのか?
話の入り口は意外なところから始まります。
稲本さんがふと思い出したのは、昔聞いたというこんな話。
「紙に漆を塗ると、虫に食われなくなる」
田中さんは、まさにその技術に注目し、現代に蘇らせようとしていたそうです。
完全な成功には至っていないものの、素材を“硬くなりすぎないように調整する”など、技術的な可能性は広がってきているとのこと。
そしてこの話題は、江戸のものづくりが単なる懐古ではなく、現代の生活・産業にも接続しうる知恵だということを示していました。
金唐革から見える「輸出品になった江戸」
田中さんが江戸文化の研究を本格的に始めたのは1986年。
当時から金唐革や、その周辺の素材史・産業史を追ってきたといいます。
江戸の試みは当初うまくいかなかった。
けれど、明治になってから輸出品として成立していく。
つまり江戸の技術は、後の時代に評価され、世界とつながっていったわけです。
ここで面白いのが、素材の“勝ち筋”。
革は虫に食われることがある。
しかし漆を施した素材は虫害に強い。
「どちらが上」というより、用途と環境に合わせた合理性があったのです。
『べらぼう』が面白い理由:江戸は“別名だらけ”のアバター社会だった
話題は、江戸の出版文化へ。
稲本さんが最近読んで“病気みたいに何度も読み返した”というのが、江戸を描く作品(ドラマ『べらぼう』にも触れられました)です。
そこで引っかかったのがこれ。
「一人の人が、いろんな名前で出てくる」
田中さんが例に挙げたのは、太田南畝(南畝/南方)という人物。
幕府のお役人でありながら、戯作者としても活躍し、複数の名で作品を世に出していた。
しかも不思議なのは、取り締まる側なのに、取り締まられる側の表現もやっていること。
現代で言うなら、行政の中の人が匿名で風刺メディアを運営しているようなものです。
江戸は「堅い社会」どころか、役割や名前を着替えながら生きる“アバター社会”でもあったのです。
絵と字は別物じゃない―江戸の編集は、いまのAIに近い?
さらに印象的だったのは「編集」の話。
現代は、文章は文章、絵は絵、と分業し、後からレイアウトを整えるのが一般的です。
でも江戸は違った。
絵と字を一体として組み、最初から“全体像”を見せる文化があった。
この感覚は、稲本さん曰く「今のAI時代がむしろ江戸に戻っていく感じがある」と。
点を拾って組み上げるのではなく、最初から面で捉える。
江戸の編集感覚は、案外、現代の表現技術と相性がいいのかもしれません。
見立ては最強の日本語:冗談にも本気にも使える文化装置
そして今回のキーワードの一つが「見立て」。
見立てとは、あるものを別のものに“見立てて”遊ぶ文化。
たとえば干支の飾りを犬そのもので表すのではなく、役者の顔や別の象徴で表してしまう。
半分冗談、半分本気。
でもちゃんと通じる。
それが江戸の“粋”であり、文化の強さです。
田中さんは、見立てが日本の表現の中心にあることを示しつつ、
「冗談にも使えるし、冗談じゃないものにも使える。何にでも使える」と語りました。
つまり見立ては、単なる遊びではなく、
言葉と文化の“柔軟性”そのものなんです。
「鎖国」という言葉は江戸にない。江戸は開かれていた
ここで、最大級の“常識破壊”が入ります。
田中さんいわく、
「江戸時代に“鎖国”という言葉は存在しない。鎖国法という法律もない」
海外の物はどんどん入ってきていた。
出島経由でモノも人も動き、朝鮮通信使も来る。
オランダ関係者が江戸まで来ることもあった。
街道筋を外国人が行き交い、日本人が日常生活で外国人と接する時代だった。
「閉じた国」と習ったのは、後の時代の“見方”であって、
当時の人々はむしろ「開かれた時代に生きている」と感じていたというのです。
260年戦わなかった国が持っていた“文化の防御力”
話は最後、現代にもつながるテーマへ。
稲本さんは、学校教育が政治史ばかりで、江戸の文化や生活の豊かさをあまり教えないことに疑問を投げかけました。
そして、こう締めていきます。
江戸は約260年、大きな戦争をせずに続いた。
自給自足に近い暮らしも成り立っていた。
その背景に、文化の厚みがあったのではないか。
アインシュタインがフロイトに「戦争をなくすには?」と問い、
フロイトが「文化を高めるしかない」と返した逸話にも触れながら、
“学び直すこと”の重要性が語られました。
次回予告:江戸の「ものづくり」と「自然観」をもっと深く
番組の終盤では、田中さんがまとめた「江戸のものづくりと自然観」のレポートをベースに、さらに掘り下げていく予定だと告知がありました。
次回は 5月4日。
子どもの日の前日、連休の真っ只中に放送されるとのことです。
まとめ:江戸は“古い”んじゃない。“未来のヒント”だった
今回の対話で見えてきた江戸は、こんな時代でした。
- 技術は現代にも応用できる可能性がある
- 人は複数の名前=複数の役割で生きていた(アバター的)
- 絵と字が一体の編集文化があった
- 見立てという最強の表現装置があった
- 「鎖国」のイメージは後世の作り直し
- 文化の厚みが、争いを遠ざけていたかもしれない
江戸は「昔の話」ではなく、
今を生きる私たちに“文化で生き延びる方法”を渡してくれる時代なのかもしれません。
