| 開催日 | 2024年10月13日 |
| ゲスト | 中村桂子さん |
| コメンテーター | 稲本 正 |
今回は生命誌研究者の中村桂子さんをゲストに迎え、生命とは何か、人はどのように生きる存在なのかを、あらためて見つめ直す対話が行われました。
コメンテーターは稲本正。科学・生命・社会を横断する、静かで深い時間となりました。
生命誌とは何か─「誌」に込められた意味
番組の冒頭では、「生命誌(せいめいし)」という言葉について紹介がありました。
生命誌の「誌」は、単なるデータや記録ではなく、生命を物語として読み解くという姿勢を表しています。
中村さんは、もともと遺伝子研究・ゲノム研究の第一線で活躍されてきた研究者です。学会活動にも長く携わりながら、やがて「生命を断片ではなく、全体として捉える必要がある」と考えるようになりました。その実践の場が、大阪・高槻にある**生命誌研究館(生命誌館)**です。
科学は、もっと楽しくていい
生命誌館では、科学を「難しいもの」として教えるのではなく、感じ、考え、楽しむものとして伝えています。
展示だけでなく、演奏会やさまざまな企画が行われ、「これも科学なのか」と驚かされることが少なくありません。
子どもたちが自然に興味を持ち、自分の感覚で生命に向き合えるよう、丁寧に設計されています。
稲本も、学生時代にシュレディンガーの『生命とは何か』を読んだ経験を振り返りながら、「生命を考える入口は、理屈だけでなく、体験や驚きから始まる」と語りました。
コンクリートの屋上に、蝶がやって来た
特に印象的だったのが、生命誌館で行われている「蝶のための環境づくり」です。
蝶の幼虫は、特定の植物──**食草(しょくそう)**しか食べません。
その食草を用意すれば、たとえコンクリートに囲まれた屋上の小さなスペースでも、蝶はやって来ます。
実際、「こんな場所に来るはずがない」と言われていた場所に、蝶が訪れ、卵を産み、幼虫が育つ環境が生まれました。
蝶だけでなく、さまざまな昆虫も集まり、想像以上に豊かな空間になったといいます。
最近は、昆虫を実際に見たことがない子どもも増えています。だからこそ、小さくても本物の自然に触れる場が、今の時代には欠かせないのだと感じさせられます。
昆虫の「変態」は、生命の大胆さを教えてくれる
話題は、昆虫の成長過程へと広がりました。
蝶は、卵から幼虫になり、さなぎを経て、まったく別の姿で羽化します。
人間は同じ形のまま成長しますが、昆虫は途中で一度、体の構造が大きく崩れ、再構成されます。
この「変態」という仕組みは、生命がいかに大胆で柔軟な設計を持っているかを示しています。
一度壊れて、まったく違う姿になる。
そのプロセスは、生命の不思議であり、同時に強さでもあります。
「私」は大切。でも、ひとりでは存在できない
中村さんが繰り返し強調したのは、「私」という存在の捉え方でした。
現代社会では、「私」がとても大切にされます。ひとりひとりが唯一無二の存在であることは、間違いありません。
しかし、「私」だけを切り離して考え始めると、「私は何者なのか」「どう生きればいいのか」と、かえって苦しくなってしまいます。
生き物として考えれば、単独で存在している生命はありません。
必ず親がいて、環境があり、他者との関係の中で生きています。
だからこそ中村さんは、「私」ではなく、**「私たちの中の私」**という視点を大切にしようと提案します。
生き物として見れば、人類はみな仲間
さらに視点を広げると、私たちは「生き物の中の私」になります。
科学的にも、人間は地球に生きる生命の一部であり、その地球は宇宙の中にあります。
約20万年前に誕生したホモ・サピエンスは、世界中に広がりましたが、遺伝子的には驚くほど共通しています。
国や民族という枠から入ると、相手を「違う存在」や「敵」と見てしまいがちですが、生命の視点に立てば、私たちは同じ仲間です。
この見方こそが、これからの時代に必要な基盤ではないか──そんな問いが提示されました。
無限の成長から、循環の時代へ
これまでの社会は、「成長し続けること」を前提に組み立てられてきました。
資源は無限にあり、技術がすべてを解決する─そんな考え方が長く信じられてきたのです。
しかし今、その前提が幻想であることが明らかになっています。
生命は循環し、自然も循環します。そこから外れた成長は、やがてバランスを崩します。
これから必要なのは、循環の中でどう生きるかを考えること。
教育や研究、そして社会の仕組みそのものを、生命の原理に立ち返って見直す必要があります。
次回は「社会」を生命誌から考える
今回の配信では、「生命誌」という視点から、人間の在り方の原点が語られました。
私たちは、生命の一部でありながら、社会の中でも生きています。
社会がどこで歪み、どうすれば原理から組み立て直せるのか。生命誌を起点に、そのヒントが語られています。
