| 開催日 | 2024年10月27日 |
| ゲスト | 野中ともよさん |
| コメンテーター | 稲本 正 |
10月27日の共生進化ネットは、ゲストに野中ともよさんをお迎えして配信されました。
今回は、雑談のようでいて核心を突く話題が次々と飛び出し、文明観そのものを見直すような内容になりました。
「何万年前から仲良し」から始まる、長い縁の話
冒頭、稲本は「野中さんとはずいぶん昔からの付き合いで、冗談みたいですが“何万年前から仲良し”という感覚です」と語り、笑いを誘いました。
さらに話題は、当時の写真へ。そこに写っていたのは野中さんと娘さん(マリナさん)で、娘さんが生まれた頃に「自然とともに過ごす拠点」をつくる打ち合わせをしていたというエピソードが紹介されます。
長い時間をかけて築かれた関係性が、この番組の空気を柔らかくしながらも深い話へと導いていきます。
「人類は退化していないか?」という、あえての問い
今回の中心にあったのは、稲本さんが投げかけた一つの問いです。
「人類は進化していると思っているけれど、実は退化していないか?」
この問題意識は、以前対談した中村敬子さんの話ともつながっています。
人間の世界観は、かつて自然の中に人がいるという感覚(アニミズム的世界観)から、さまざまな神々を抱く多神教へ、そして一神教へと移り変わってきました。
稲本さんは、一神教が持つ「まとまりの強さ」について触れつつ、その力が歴史的に戦争や覇権と結びついてきた面もあると語ります。
そして現代、最も強い影響力を持ったのは「近代合理主義」ではないか──という視点が示されました。
近代合理主義が生んだ「未来は決まっている」という幻想
稲本が象徴として挙げたのは、ラプラスの決定論(いわゆる「ラプラスの悪魔」)です。
すべての法則がわかれば、未来は予測できる。人間は世界を“支配できる”──そんな感覚が、文明の底流に流れ込みました。
しかし本当に問題だったのは、思想だけではありません。
それを現実の勢いに変えてしまったものが、化石燃料でした。
掘れば掘るほど出てくるように見えた資源は、人類に「無限に発展できる」という錯覚を与えました。産業革命以降、便利さは加速し、誰も止められない流れになります。
『成長の限界』が鳴らした警鐘は、今になって効いてくる
その流れに対して「限界がある」と科学的に提示したのが、ローマクラブの『成長の限界』です。
1970年代、MITの計算機を用いたシミュレーションで、資源・人口・環境の制約が示されました。
つまり、「いつかは行き詰まる」ことは、ずっと前から分かっていたのです。
それでも私たちは「分かっているけれど、こちらに進みたい」を続けてきました。今回の対話は、その矛盾を真正面から見つめる内容でした。
森林と気候変動を“瞬時に概算する人”が見ていた未来
話題は、IPCC議長として知られたラジェンドラ・パチャウリ氏にも及びます。
稲本さんは、約20年ほど前に自然学校へ招いた際の合宿の話を紹介しました。
印象的だったのは、森林と排出量の話をしながら、パチャウリ氏が瞬時に概算し、
「日本は、森林だけで吸収するには圧倒的に足りない。森林全体を地球規模で捉える必要がある」
と示したことです。
計算の速さだけでなく、その先にあるビジョンがはっきりしていた─稲本さんはそう振り返りました。
漆が示す「循環の知恵」─5000年前の先人は、すでに知っていた
終盤、話は意外な方向へ進みます。テーマは漆です。
漆は塗り直しができ、長く使える。
しかも本来の採取方法は、木を枯らさずに毎年少しずつ恵みをいただくというものです。
そこにあるのは、自然を“搾取する対象”ではなく、
尊重しながら共に生きる相手として扱う感覚です。
縄文時代には栗を植えていた可能性が高いという研究にも触れ、漆もまた管理・育成されていたのではないかという視点が紹介されました。
「尊敬しつつ、一緒に育てる」─この態度こそ、現代社会が取り戻すべき感覚なのかもしれません。
「アニミズム」という言葉だけでは伝わらないもの
最後に稲本さんが強調したのは、言葉の問題です。
海外向けに日本文化を説明するとき、「日本はアニミズムです」と言ってしまうと、分類の枠に押し込めてしまい、本質が薄まることがある。
大事なのはラベルではなく、生活の実感です。
森や木や漆とともに生きてきた歴史を、どう言葉にし、どう現代へ接続するのか。そこにこそ、本題があるのだと感じさせられました。
まとめ:私たちはまだ「知らない」ことが多すぎる
植物は化学物質を生み出し、昆虫や他の植物と高度にコミュニケーションしています。
科学が進んだと思っていても、分かっていないことは山ほどあります。
だからこそ、稲本さんは言います。
「知らない」を前提に、学び合う場が必要だ。だからこの番組を始めた。
