| 開催日 | 2025年11月9日 |
| ゲスト | 林 英哲さん |
| 司会 | 原田 伸介 |
| コメンテーター | 稲本 正 |
共生進化ネット・稲本による林英哲さんインタビュー、第2回です。
今回は、英哲さんの独立直後のエピソードから、太鼓という楽器の本質、そしてカーネギーホールへ至る大きな転機までを振り返ります。
英哲さんとAさん――奇妙で深い“縁”が始まった
林英哲さんと私を最初につないだのは、Aさんという人物でした。
このAさん、善人でありながら同時に“困った人”でもある不思議な存在で、寺の家系に生まれたこともあり、仏教の話題がよく母と合ったようです。
ある時、Aさんは私にこう言いました。
「春と秋には祭りがあるけど、夏がないよね」
「じゃあ夏もやればいいじゃないか」
その勢いで、なぜか私が“夏祭りの主催”を任されてしまいました。
そして1982年、英哲さんが東京で独立したばかりの頃、Aさんを通じて「面白い場所がある」と紹介され、奥ビレッジでの夏祭りイベントに参加することになります。
宿命の夏祭り──火がつくまで太鼓を叩き続けろ?
夏祭りの内容は非常にシンプル、そして過酷でした。
「花火の火種となる火が起きるまで、英哲さんが太鼓を叩き続ける」
火起こしは手作業。火がつき、花火が夜空に上がる──それがクライマックス。
昼のリハーサルでは順調でした。しかし本番の夜は湿気で木が湿り、まったく火がつきません。
「まだつかない、まだつかない……」
英哲さん、1時間以上叩き続けることに。
ライトに集まる蚊に刺され、汗をかき、照りつける火の熱と太鼓の熱気。
独立して間もない頃の忘れられない試練でした。
お寺で響く太鼓の音──振動が“ほこり”を落とし、涙を呼ぶ
英哲さんは、葬儀の場でも太鼓を打ったことがあります。
突然亡くなった知人の葬儀で長野のお寺で演奏した際、参列者は深い静寂の中、太鼓の一打に心を揺さぶられました。この経験を目の当たりにしたAさんは、生前から「自分の葬儀では英哲に太鼓を」と言い残していたほどです。
実際にAさんの葬儀で太鼓が鳴り響いた際、参列していた黒柳さんが驚いてのけぞるほど、強烈な存在感がありました。
さらに、お寺で演奏すると天井に積もったほこりが、太鼓の振動で一気に落ちてくることがあります。
「音だけでなく、建物まで震わせる。太鼓の力を実感しました」
太鼓は耳で聴く音楽ではなく、身体全体で受け取る振動の芸術なのです。
太鼓の音は“胎内の記憶”を呼び覚ます
興味深いのは、英哲さんが学校公演を行うと、幼児や低学年の子どもが高確率で眠ってしまうこと。
その理由は、太鼓の響きが“胎児が体内で感じている振動”に限りなく近いからだと言われています。
大人でも理由が分からないまま涙が出てくる例が多く、海外公演では
「日本のことに興味はなかった。でも演奏を聴いたら涙が止まらなかった」
という声も少なくありません。
雑音成分を多く含んだ太鼓の振動は、耳よりも先に体が反応する“原初の音”なのです。
カーネギーホールの舞台裏──太鼓を海に運ぶだけで一苦労
Aさんの強い後押しで決まった、カーネギーホール出演。
しかし、そこへ至るまでには大きな壁がいくつもありました。
- 太鼓の輸送費が高額
- 海外に渡ると湿度変化で革が伸び、張り直しが必要
- 大太鼓は家1軒分の値段
- 英哲さんには当時、大太鼓がなかった
そこで現れたのが、太鼓職人の大太さん。
「出世払いでいいから、俺が作る」
と新品の大太鼓を提供してくれたのです。さらにJALが楽器の輸送を全面支援し、
多くの善意が重なって英哲さんは世界的舞台に立つことができました。
演奏は大成功。
ニューヨークのプロデューサーに絶賛され、太鼓とオーケストラのコラボへと広がっていきます。
小澤征爾が見抜いた“世界の音”
作曲家・水野俊さんによる新作を通じて、小澤征爾さんが英哲さんに注目。
英語も流暢ではなかった小澤さんですが、音楽に対する直感的な理解力は圧倒的でした。
指揮中、言葉ではなく身振り手振りだけで楽団にニュアンスを伝え、
音を一瞬で変えてしまうその姿は、まさに“世界の指揮者”そのものでした。
バンスタインもステージを見て立ち上がって喜んだほど。
「小澤さんは人間力で音を導く人でした」
と英哲さんは語ります。
音楽を続けるということ──体力と気力、そして“伝えること”
コロナ禍では公演が消え、生活リズムが乱れた時期もありました。
しかし太鼓を打つことで得られる身体的な快楽物質(オキシトシン)が、
英哲さんを支え続けています。
年齢を重ねた今もなお、
「伝わって初めて、やったことになる」
という信念で演奏を続けています。
次回は“太鼓の正体”に迫る
第3回では、英哲さんに実際に太鼓を叩いていただき、
さまざまな種類の太鼓やその音色を詳しく紹介します。
どうぞお楽しみに。
