AI時代に「手で見る」―お茶・交渉・日本文化が教えてくれた、これからの生き方

開催日2025年12月21日
ゲスト西村 真里子さん
コメンテーター稲本 正

「AIが何でも出してくれる時代に、私たちは何を頼りに“選ぶ”のか?」

共生進化ネットの対談シリーズ最終回は、お茶から始まり、海外の交渉文化自動運転、そして江戸のクリエーションへと話が広がり、最後は「手で見る」という身体感覚の話に着地しました。
ゲストは、テクノロジー領域で活躍してきた西村真里子さん。稲本さんとの対話から見えてきたのは、AI時代だからこそ“人間にしかできないこと”を掘り下げる価値でした。


お茶は「古い文化」ではなく、未来の入り口だった

稲本さんはまず、お茶の可能性について語ります。
世界にはコーヒー文化もあるけれど、健康面や身体への優しさという点で「お茶」が改めて注目されている。さらに、無農薬のお茶づくりなど、現代的な取り組みも加速しているといいます。

話題は岡倉天心の『茶の本』へ。
天心は英語で書き、本人は日本語に訳さず、別の人が翻訳した。その結果、翻訳によってニュアンスが変わる――そんなエピソードを交えながら、稲本さんはこう感じていると語ります。

  • 日本文化を「世界に伝える」ことは簡単ではない
  • そして、伝え方がうまくいかないと“伝わりきらない”

「お茶」という入口は、じつは日本文化を世界へ橋渡しする、強いテーマになり得る。そんな視点が印象的でした。

海外の交渉は「ストレート」が基本。日本は「根回し」が基本。

西村さんは、IBM時代はエンジニアとして海外チームと連携していたため、文化の衝突をそこまで意識しなかったそうです。
しかし、その後アドビに移り、交渉を担当する機会が増えたことで、違いがくっきり見えたといいます。

海外では、

  • 年齢に関係なく、言うべきことは言う
  • ストレートに伝えたほうが受け入れられやすい

一方で日本の組織は、

  • 相手の立場を読んで、事前に整える(根回し)文化が強い
  • “言わないことで成立している”場面が多い

この違いは、良し悪しではなく「前提が違う」。
ただ、世界と繋がる場面が増えるほど、この前提の差は無視できなくなる――そんなリアルな実感が語られました。

便利さが「差別」すら飛び越える? 自動運転が変えるもの

対話の途中、稲本さんはレンタカー交渉のエピソードを話します。
「日本人はやらない」と言われたり、駆け引き前提のやり取りがあったり。日本人の感覚だと信じがたい会話も、現地では日常的に起こり得る。

そこで西村さんが語ったのが、Waymoのような自動運転サービスの存在です。

  • アプリで呼べば車が来る
  • 会話なしで目的地へ行ける
  • 交渉も、気まずさも、文化差も介在しにくい

もちろん運転手との会話やレンタカーの楽しさはある。
でも、余計な摩擦を飛ばして“目的地へ直行できる”進化はありがたい、と西村さんは率直に言います。

テクノロジーは、便利さ以上に「人間同士の面倒な摩擦を減らす」方向へ進んでいる。
この視点はかなり示唆的でした。

AIは「全部出す」。人間は「選ぶ」。問題はその“基準”だ

稲本さんが強調したのは、AIが提示する情報の性質です。

  • AIは学習したことを大量に出してくる
  • 強弱なく、同列に並べることが多い
  • だから「どれを選び、どう繋ぐか」は人間側に委ねられる

つまり、AI時代に求められるのは「情報処理能力」だけではなく、
何を価値あるものとして選ぶかという“目利き”の力です。

そして、いまの日本は「どこへ向かうのか分からない」状態に入りつつある。
だからこそ、価値観の軸が必要だ――そんな危機感も語られました。

生成AIがきっかけで「デッサンを習い始めた」理由

ここで西村さんが話したのが、個人的にかなり強い話です。
西村さんは、生成AIが美しい画像を作れるようになったのを見て、2年前からデッサンを習い始めたそうです。

理由はシンプルで、

  • 誰でも絵を出せる時代になった
  • だからこそ「構図とは何か」「自分は何が好きなのか」を身体で理解したくなった
  • 見るだけの鑑賞者ではなく、自分で手を動かすことで分かることが増えた

AIが人間を奪うのではなく、
AIが人間を“学び直し”へ向かわせる。
この視点は希望でもあり、同時に「考えないと飲まれる」という警告でもありました。

江戸時代は「絵と文字」が最初から一緒だった

さらに話は江戸文化へ。
稲本さんは、江戸時代は文章と絵が一体だった、と語ります。

現代は、

  • 文章は文章
  • 画像は画像
  • 別々に作って後で組み合わせる

でも江戸の表現は、

  • 最初から「絵と文字」を一つとして考える
  • そこに“日本の当たり前”がある

西村さんも、アドビにいたからこそ「テキストとイメージは別物」という前提が染みついていたとしつつ、
日本の過去を“ピュアに見直す”ことが新しい創造のヒントになると語りました。

「手で見る」は、AIが入り込めない領域かもしれない

終盤、稲本さんは“手仕事”の話に入ります。
茶筅を作りながら普通に話せる職人、浮世絵の分業(絵師・彫師・摺師・色を作る人)、そして師匠の言葉。

「目で見るな。手で見ろ」

ほんの少し触れただけで、削りや線の違いがわかる。
それは理屈ではなく、身体に蓄積された感覚です。

AIは理論的な情報処理はできる。
でも“手足の感覚”まで研ぎ澄まして、同じように世界を捉えるのは、簡単ではない。
だからこそ稲本さんは、「生きる」ということ自体が、手で感じることを含んでいるのだと語りました。

一期一会は「お茶の言葉」じゃない。世界のルールだ

最後に語られたのが「一期一会」の感覚。
稲本さんは木を植えた経験から、

  • 遺伝子
  • 育てる人の関わり

これらで育ち方が変わり、同じ条件は二度と戻らないと語ります。
お茶も同じで、水質、土地、淹れ方で味は変わる。
つまり一期一会とは、精神論ではなく「自然の構造」そのものだ、というわけです。


まとめ:AI時代に必要なのは「人間の取り戻し方」

今回の対談は、お茶から始まり、交渉、テクノロジー、江戸文化、そして手仕事へと展開しました。
一見バラバラの話題に見えて、芯は一本でした。

  • AIは情報を出してくれる
  • でも、選ぶ基準は人間が持たなければならない
  • その基準は、身体感覚や文化、自然との接続の中に眠っている

便利になるほど、人間は“人間を取り戻す必要”が出てくる。
その入口に、お茶があり、絵があり、土があり、手仕事がある。

AI時代の勝ち筋は、最先端にあるだけじゃない。
むしろ「古いもの」に、未来が隠れている。

そんな余韻が残る最終回でした。