| 開催日 | 2025年10月17日 |
| ゲスト | 谷村 丹後さん |
| 司会 | 原田 伸介 |
| コメンテーター | 稲本 正 |
2025年10月19日、共生進化ネットによる「第3回茶の本の再考」がオンラインで開催されました。
今回のテーマは、日本の茶文化を支える重要な道具「茶筅(ちゃせん)」。
奈良・高山にて五百年以上続く茶筅づくりを受け継ぐ職人、谷村丹後(たにむら・たんご)さんをゲストに迎え、司会の原田信介、コメンテーターの稲本正とのリモート対談形式で進行しました。
茶筅は“消耗品”ゆえに語られない
稲本氏は冒頭で「茶筅はお茶の世界で最も身近でありながら、最も知られていない存在」と述べました。
茶筅は抹茶を点てる際に欠かせない道具ですが、消耗品であるために国宝や名品として残りにくく、その制作工程が詳しく紹介されることは極めて稀です。
谷村さんの住む奈良県生駒市高山町は、大阪・京都・奈良の県境に位置する人口3,000人ほどの集落。
現在、全国で茶筅を製造する約16軒のうち、そのほとんどがこの高山地区に集中しており、まさに“日本の茶筅づくりの中心地”といえます。
一本の竹から生まれる「しなり」の技
実演では、谷村さんが実際に竹を加工するリアルイベントの様子をリモートで振り返ります。
まず、節から上の部分の皮を剥ぐ工程から始まります。
「皮を残したままだと茶筅の“しなり”が出ないんです」と谷村さん。
茶筅の穂先がしなって泡を立てるためには、竹の繊維の弾力を生かす必要があり、そのために表皮を慎重に削ぎ落とします。
竹を割る際も「折るけど、折らない」という独特の感覚が求められます。
力をかけすぎれば竹が割れ、商品になりません。
「日本の職人技には、こうした“曖昧な加減”の中に真理がある」と稲本氏はコメントしました。
「味削り」が生み出す弾力と美
次の工程は「小割り」。竹を細かく割き、さらに「味削り」と呼ばれる繊細な削り作業を行います。
この削り加減によって茶筅の弾力とお茶の泡立ちが決まるため、職人の感覚が最も問われる重要な工程です。
谷村さんは「家ごとに味削りの“味”がある」と語ります。
細やかな指先の感覚で竹の厚みを調整し、裏千家の家元が用いる代表的な型「真数穂(しんかずほ)」の形へと仕上げていきます。
穂先の角は一つひとつ面取りされ、お茶の中を動かす際の抵抗を減らす工夫も施されます。
こうした工程を経て初めて、あの滑らかな動きと柔らかな泡が生まれるのです。
伝統と革新 ― 糸一本の可能性
実演の終盤では、茶筅の根元に巻かれる糸の工程が紹介されました。
伝統的には黒の木綿糸が使われてきましたが、現在では赤や白など、より華やかな色を採用する試みも始まっています。

稲本氏は「どんな伝統でも、すべてが固定化されるわけではない。
変えられる部分と、変えてはいけない部分がある。
糸や持ち手は“進化の余地”が残された領域だ」と述べ、職人技の継承と革新の両立を高く評価しました。
次代へつなぐ「用の美」
原田氏は最後に、今回の実演を振り返りながら、「茶筅は単なる道具ではなく、用の美を極めた文化」だとまとめました。
稲本氏も「宮大工や根付師、漆刷毛職人など、かつて日本の“手仕事”を支えた職人が減りつつある。
その中で茶筅づくりのような伝統技を若い世代が引き継ぎ、新しい挑戦をしていくことが、これからの文化を支える鍵になる」と語り、会は締めくくられました。
次回予告
次回の「第4回茶の本の再考」では、
“文化の未来”をテーマに、エバレットさんを交えた座談会を予定しています。
長い歴史の中で受け継がれてきた日本の茶文化が、
どのように次の時代へ繋がっていくのか——。
共生進化ネットは今後も、伝統と進化の対話を続けていきます。
