朝顔がつないだ“上野”と“世界”―日比野克彦さんと語る、科学とアートと日本の背骨

今回は「大学運営」の話から始まり、朝顔プロジェクト、植物と遺伝子の不思議、科学とアートの関係、そして“日本の背骨”をどう取り戻すかまで、一気に話が広がっていきました。語り終えたあとに残るのは、「もっと知りたい」「自分の足元を見直したい」という静かな熱でした。


国立大学は、寄付なしでやっていけるのか?

冒頭、稲本さんが切り出したのは、少し意外でリアルな話題でした。
「アメリカの大学って、入学すると学長から手紙が来る。でも最後は“寄付してください”って書いてあるんだよね」と。

アイビーリーグをはじめ、アメリカの名門大学の多くは私立です。寄付が大学運営の重要な柱になっています。では国立大学である東京藝術大学はどうなのか―ここから話は一気に“日本の教育の現在地”に入っていきます。

日比野さんは、国立大学が独立行政法人化したことで、大学運営の構造が変わったと語ります。かつては国からの予算で成り立っていたものが、法人化以降は「大学自身が収入源をつくり、特色を生かして運営していく」方向へ求められるようになったというのです。

いま全国の大学は、国の方針として「世界と勝負できる大学づくり」と「地域と連携しながら特色をつくること」の両輪を背負っています。大学が“地元とどう結び直すか”は、教育の問題であると同時に、地域そのものの未来にもつながっていく話でした。

「朝顔で地域をつなぐ」―ホーム&アウェイ方式のプロジェクト

話題は、日比野さんの代表的な社会活動のひとつ「朝顔プロジェクト」へ移ります。

金沢21世紀美術館での実施は2007年ですが、プロジェクト自体は2003年から始まっていたとのこと。新潟の大地の芸術祭への参加を起点に、「展覧会を開く」だけではなく、「美術館がある町の住民たちと一緒に、その場所を育てる」という思想が育っていきます。

金沢での展開はスケールが大きく、美術館周辺にロープを張り巡らせて朝顔を育てました。さらに面白いのは、全国の複数地域で育てられた朝顔が金沢に集まり、金沢の人たちと一夏をかけて育てられ、そこで採れた種がまた各地域へ戻っていくという“往復”が組み込まれている点です。

地域と地域を朝顔でつなぎ、人と人をつなぐ。
昨日と今日、京都と明後日――そんな時間と場所の隔たりを、植物が自然に縫い合わせていくようなプロジェクトでした。

北の朝顔は急ぐ。南の朝顔は待つ。

ここから話がぐっと“生命の側”へ寄っていきます。

日比野さんは、朝顔が一年草であることの面白さを語ります。南から来た朝顔と北から来た朝顔を同じ場所に植えると、北の朝顔のほうが「早く伸びようとする」傾向があるというのです。夏が短い地域で生き延びるために、成長スピードが違うのではないか、と。

そして、そこで採れた種を翌年また同じ場所で育てると、土地の環境を“覚えた”ように適応が積み重なっていく。植物は、その土地に馴染まなければ生き残れません。だからこそ反応が鋭く、変化もはっきり見えるのだ、と。

稲本さんも植物観察の体験を重ね合わせ、「一本一本が違う」「同じ種でも個性がある」と共感を示します。ここで語られているのは、単なる植物の話ではありません。私たちが「違い」をどう扱い、「個」をどう尊ぶかという感覚の話でもありました。

人間より植物のほうが“遺伝子が多い”という驚き

さらに話は遺伝子へ。
日比野さんは「人間より植物のほうが遺伝子の数が多い場合がある」と聞いて驚いた、と語ります。

そして稲本さんは、蝶が産卵する植物を厳密に選ぶ話を持ち出します。蝶は脚の先で匂いや味のような情報を感じ取り、産むべき植物を見分けているらしい。そこには当然、そのための遺伝子があるはずです。

「分かったことが増えるほど、分からないことが増える」
生命の話は、そのまま知の話へつながっていきます。

科学の前にアートがあった―「分からなさ」を引き受ける力

ここから本題が立ち上がります。
稲本さんは「科学とアートは対立ではなく地続きだ」と語ります。

むしろ順序としては、科学の前にアートがあったのではないか。
人は「なぜ星があるのか」「なぜ人は死ぬのか」といった“分からないもの”に出会い、そこに畏れや祈りが生まれ、シャーマン的な存在が立ち上がり、表現が生まれていく。その“分からなさの沼”こそがアートであり、だからこそ「分かろう」とする欲が生まれて科学が出てきた――そんな捉え方です。

さらに稲本さんは、ニュートンの「絶対時間・絶対空間」がのちに相対性理論で更新された話を引きながら、松尾芭蕉が『奥の細道』の冒頭で「月日は百代の過客」と書き、時間そのものを旅人として捉えていたことに触れます。

詩の世界観が、科学より先に“世界の構造”を掴んでいたかもしれない。
この視点は、科学とアートの関係を「上下」ではなく「根っこ」で結び直してくれます。

現代科学が到達した地点もまた象徴的です。宇宙の大部分はダークマターやダークエネルギーだと言われ、私たちは“ほとんど分かっていない”ことが分かってきた。だからこそ、科学とアートが対話しながら社会を見直すことが重要になる――そんな流れでした。

「芸術」と「アート」を使い分ける日本語の感覚

後半は、日本語と教育の話へ移ります。

稲本さんは、日本人は「芸術」と「アート」を場面で使い分けると指摘します。
「術(わざ)」として伝わるときは芸術。
スキルでは言い切れない領域にはアート。

この“使い分け”の背後には、日本語を母語とする人の思考回路がある。にもかかわらず、日本の教育は西洋由来の枠組み(科目区分や分類)をそのまま土台にしてきた。ここを見直した先に、まったく別の育成の形があり得るのではないか――そんな問題提起がありました。

上野に「地域性」があるのに、20年30年ほっといた

そして話はぐっと具体へ戻ります。
日比野さんは、東京藝大が上野に新たな拠点を設けたのは約2年前だと語ります。それまでは、上野キャンパスの中にいながら、地域性を教育として十分に扱ってこなかった。しかし実際には、歩いて行ける距離に下町文化という“地域性の宝庫”がある。

わざわざ遠方へ出向いて地域性を学んでいたのに、足元にあったものを見ていなかった。
この「気づき」は、教育だけでなく私たち自身にも刺さる話です。

さらに日比野さんは、地域の人々が大切にしている杉の祈願所「ヒマラヤ杉」の話を紹介し、帰りにぜひ見てほしいと稲本さんに勧めます。拠点ができることで、新たに気づく人が現れ、若い人へつながり、次の何かが生まれていく。地域と大学が結び直される瞬間が、そこにありました。

展覧会は2026年に巡回へ。八戸市立美術館で開催予定

最後に日比野さんから近況のお知らせがありました。
2025年夏に水戸芸術館で開催した展覧会の作品集を出版し、自身の生い立ちや「なぜ絵を描き始めたのか」までをまとめた一冊になっているとのことです。

展覧会は2026年に巡回し、青森県の八戸市立美術館で4月から9月にかけて開催予定。番組の締めくくりにふさわしい、“次へつながる案内”でした。


まとめ:文化は「売り物」ではなく、背骨になる

今回の対話で何度も出てきたのが「背骨」という言葉です。
日本文化は、ただの輸出品ではありません。個々人の精神性として、地域づくりや社会づくりの中心に置けるものです。そして、その背骨を取り戻すには、足元を学び直し、分断されたように見える歴史を「つながっている」と捉え直すことが必要なのだと感じました。

朝顔が地域をつなぐように、
科学とアートが互いを照らすように、
上野という場所が過去と未来を縫い直すように。

小さな“気づき”が、次の大きな動きを生む。
そんな余韻が、最後まで残る回でした。