「医者になる」は本当に自分の夢だったのか。長澤忠徳さんが語る、“分けない”人生の原点

「なぜ人は、文系と理系に分けられるのだろう?」

この素朴な疑問が、後に「共生進化」という思想へとつながっていく。

共生進化ネットの対談で、長澤忠徳ながさわ ただのりさんは自身の生い立ちから現在の活動に至るまでの道のりを語りました。そこには、戦後の富山で育った少年が、既存の枠組みに違和感を抱きながら、自らの人生を切り開いていく姿がありました。

焼け野原から始まった家族の歴史

長澤さんの故郷は富山県富山市です。

富山は第二次世界大戦中の大空襲によって市街地の大部分が焼失した都市として知られています。

長澤さんの父もまた戦争を経験した一人でした。徴兵され軍隊に所属していた父は、終戦後に故郷へ戻ります。しかし、そこにあったのは焼け野原となった街でした。

両親は空襲で亡くなり、兄も病で他界。帰る家も失った父は、市営住宅へ入居し、その地で新たな人生を歩み始めます。
長澤さんは、その戦後復興の只中に生まれ育ちました。

幼い頃から繰り返した「環境の変化」

長澤さんの幼少期には、後の人生を象徴するような体験がありました。

小学校から中学校へ進学した際、同じ小学校から進んだ生徒はわずか9人。ほとんど知らない生徒たちの中へ飛び込み、一から人間関係を築かなければなりませんでした。その後も新しい環境に身を置く機会が続きます。

今振り返ると、この経験が「違う価値観を持つ人と出会い、関係を築く力」を育んだのかもしれないと語ります。

「医者になる」という刷り込み

長澤さんの家系には医師が多くいました。

そのため、幼い頃から「将来は医者になるものだ」と自然に思い込んでいたそうです。
しかし、富山中部高校へ進学すると状況は変わります。

周囲には優秀な生徒が集まり、自分より勉強ができる人がたくさんいる。

そして何より、受験勉強そのものに疑問を抱くようになります。

「なぜ文系と理系に分けるのか」
「本当に自分は医者になりたいのか」

その問いは次第に大きくなっていきました。

一本の夕日が人生を変えた

浪人生活を送っていた頃、長澤さんはある出来事に強い衝撃を受けます。

小田急線の車内から見えた美しい夕日。
その時、近くにいた父親が子どもに向かってこう話しかけました。

「ほら、あれが夕方のお日さまだよ」

普通なら「夕日」と呼ぶ光景です。

しかし、その一言によって長澤さんの中で何かが変わりました。
同じものを見ていても、言葉が変われば世界の見え方が変わる。

それまで当然だと思っていた価値観が揺らぎ始めた瞬間でした。

武蔵野美術大学との運命的な出会い

その後、武蔵野美術大学基礎デザイン学科の存在を知ります。
シラバスを見た瞬間、衝撃を受けました。

そこには文系も理系もありません。

サイバネティックス、情報論、人間と社会の関係など、多様な学問が横断的に並んでいたのです。

「ここなら、自分の疑問を追究できる」

そう確信し、武蔵野美術大学へ進学しました。

「分ける」ことへの違和感

大学での学びを通じて、長澤さんの中で一つの確信が生まれます。

それは「世の中を細かく分けすぎているのではないか」ということでした。

生物学も、デザインも、環境問題も、本来は互いに深く関係しています。
しかし現代社会では、それぞれが別の専門分野として切り離されてしまっている。

長澤さんは、その境界線そのものに疑問を抱き続けました。

「状況デザイン」という考え方

卒業後、多くの同級生がグラフィックデザイナーやプロダクトデザイナーとして進路を定める中、長澤さんは違う道を選びます。

それが「状況デザイン」です。

モノをデザインするのではなく、人と人、人と社会、人と環境が関わり合う“状況”そのものをデザインする。

その考え方は、現在でいうデザイン思考やシステム思考にも通じる先進的なものでした。

共生進化という思想へ

やがて長澤さんは生命科学や情報論、環境問題などの研究者たちと交流を深めていきます。
その中で出会ったのが「共生進化」という考え方でした。

生命は競争だけで進化してきたわけではありません。

異なる存在同士が共生し、影響を与え合うことで新しい可能性が生まれてきたのです。

この視点は、人間社会にも当てはまります。
異なる専門分野や価値観を持つ人々が出会い、対話し、新しい価値を創造していく。

長澤さんが長年追い求めてきた「分けない」という思想は、共生進化という形で一つの結実を迎えたのです。

未来を切り開くのは「境界を越える力」

今回の対談を通じて見えてきたのは、長澤さんの人生そのものが「境界を越える旅」だったということです。

文系か理系か。

デザインか科学か。

芸術か社会か。

そうした枠組みを超えた先にこそ、新しい発見や創造が生まれる。

変化が激しく、正解が見えにくい時代だからこそ、長澤さんの「分けない」という視点は、これからますます重要になっていくのかもしれません。