「日本人は、日本の自然のすごさを知らない」野口健・野口絵子・稲本正が語る、山と森、そして次世代へつなぐ環境教育

世界の山々を歩いてきたからこそ、見えてくる日本の自然があります。
ヒマラヤのような高峰には、生き物の気配さえ薄れていく「白い世界」があります。一方、日本の森へ入れば、足元には柔らかな土があり、水が湧き、濃密な森の香りに包まれます。

しかし、そこに暮らす私たちは、その豊かさをどれほど実感できているでしょうか。

今回は、野口健さん、野口絵子さんに、稲本正さんとともに、日本の自然、ヒマラヤのシェルパとの交流、地方文化の継承、そして次世代への環境教育について語っていただきました。

C.W.ニコルさんが伝え続けた「日本の森の美しさ」

野口健さんとC.W.ニコルさんの出会いは、東京都による小笠原諸島の世界遺産登録に向けた取り組みがきっかけでした。

当時、日本には自然環境を守るレンジャーがまだ十分に配置されていませんでした。

そこで野口さんは、「世界遺産にする目的が自然を守ることならば、東京都独自のレンジャー制度を作るべきではないか」と提案します。

これをきっかけに誕生したのが「東京都レンジャー」です。
かつて海外でレンジャーとして活動していたニコルさんも、その経験を生かして研修に参加しました。

そんなニコルさんが繰り返し語っていた言葉があります。

「日本人は、日本の森や自然の素晴らしさを理解していない」

世界各地の自然を見てきたニコルさんにとって、日本は非常に美しい国でした。

しかし、その価値に日本人自身が気づいていない。
日本国籍を取得し、日本の自然を守る活動を続けたニコルさんは、そのことを何時間でも熱く語っていたといいます。

海外へ出たからこそ分かった、日本の豊かさ

日本の魅力を再発見したのは、野口絵子さんも同じでした。

長くニュージーランドで生活した絵子さんは、現地の素晴らしい自然や文化に触れる一方、帰国して改めて日本の良さに気づいたといいます。

特に惹かれたのが、季節の変化と、その土地で採れる食材を大切にする食文化でした。

海外で暮らした経験があったからこそ、

「これから自分が住み着く場所は、海外ではなく日本なのだろう」

と直感的に感じたそうです。

日本を生活のベースにしながら、海外へ行き、また日本へ戻ってくる。

異なる環境を行き来することで、それまで当たり前だったものの価値が見えてきます。

ヒマラヤにはない「命の匂い」が白神山地にはある

世界中の山を登ってきた野口健さんが、「世界で一番好きな山」として挙げたのが白神山地です。

一見すると意外に思えるかもしれません。
野口さんが挑んできたヒマラヤには、5,000メートル、6,000メートル、7,000メートルを超える巨大な山々があります。

ところが標高が上がるにつれ、生き物は少なくなっていきます。
そして、ある高さを超えると「匂い」がなくなるのだそうです。

生命の気配が消え、真っ白な世界へ入っていく――。
それに対して白神山地には、ブナの原生林があります。

柔らかな地面を踏みしめれば、周囲から濃密な森の香りが漂ってきます。
テントの中にいても森の匂いを感じ、「命に囲まれている」という安心感があると野口さんは語ります。

ヒマラヤとはまったく違う形で、白神山地には圧倒的な自然が存在しているのです。

地図を持たずに森を歩く「マタギ」の知恵

野口さんはかつて、青森県側で「最後のマタギ」と呼ばれた工藤さんと毎年のように白神山地を歩いていました。

白神山地の核心部には、登山道すら存在しない場所があります。
そこで驚かされたのが、マタギの山の歩き方でした。

彼らは地図に頼りません。
一度歩いた場所を目で記憶し、地形や森の様子を身体感覚として覚えていきます。

野口さんも工藤さんとともに山へ入り、その感覚を体験しました。
そこで得たものは、単なる登山技術ではありませんでした。

日本の森がどれほど豊かなのかを、知識ではなく身体で理解する経験になったといいます。

「これは川ではない、滝だ」日本特有の山と水

日本の自然環境の特徴について、稲本正さんは「山と水」の関係に注目します。
日本列島は中央部に山々が連なり、そこから海へ向かって川が流れています。

国土が比較的狭いため、川は短く、落差が大きいのが特徴です。

かつて日本の河川を見た外国人技師が、「これは川ではない。滝だ」と表現したという逸話があるほどです。

さらに日本はモンスーン地帯に位置し、適度な気温と豊富な降水量があります。

山があり、谷があり、そこから大量の水が流れ出す。
私たちが普段何気なく目にしている風景そのものが、世界的に見れば特徴的な自然環境なのです。

福井で出会った「こんなにおいしい水があるんだ」

日本各地を巡っている野口絵子さんが、最近特に感動した場所のひとつが、福井県若狭町の「瓜割の滝」でした。
豊富な湧き水で知られる場所です。

水源のさらに奥には人が立ち入らない場所があり、その森から水が湧き出しています。
地元では、その水を大量の容器に入れて持ち帰り、生活に利用する人もいます。

絵子さんも実際にその水を口にし、

「なんでこんなにおいしい水があるんだ」

と驚いたそうです。

日本の豊かな水は、森や山と切り離して考えることはできません。
森が水を蓄え、それが川となり、人々の暮らしへつながっていく。
自然と生活がつながっていることを実感できる場所でもあります。

ヒマラヤ登山を支えるのは「人との信頼」

話題は日本から、再びヒマラヤへ。

野口健さんにとって、ヒマラヤ登山で何より重要なのがシェルパとの信頼関係です。

野口さんが初めてヒマラヤへ行ったのは高校3年生のときでした。

そこで出会った一人のシェルパに、

「この人は信用できる」

と直感したといいます。

その付き合いは現在まで続き、もはや兄弟のような関係になりました。

信頼できるシェルパが紹介する仲間なら、その人も信頼できる。

そうやって少しずつ人間関係が広がり、現在のチームが作られていきました。

野口さんはこれまで約60回ヒマラヤへ足を運んでいますが、その活動を支えているのは、長い年月をかけて築いた現地の人々との関係なのです。

「山に登りたい」だけではない、ネパールへ戻る理由

その関係は、次の世代である野口絵子さんにも受け継がれています。

「なぜ山に登るのか」「なぜネパールへ行くのか」と聞かれたとき、理由は山だけではないと絵子さんはいいます。

「シェルパの人たちに会いたいから」

また戻って、みんなと話をしたい。
そこには、登山者とガイドという関係を超えた、人と人とのつながりがあります。

一方、そのシェルパの村でも大きな変化が起きています。
教育を受けられる若者が増え、アメリカや日本など、海外へ出て働く人も増えてきました。

その結果、山岳ガイドを担う若者が減り、伝統的な生活そのものが変わり始めています。
さらに、ヤクを扱う人が減ることで、土地の生態系にも変化が生じているといいます。

人間の生活が変われば、自然も変わります。
文化を守ることと自然を守ることは、決して別々の問題ではないのです。

地方の価値を発見するのは、都会から来た人かもしれない

地方から若者が離れていく問題は、ヒマラヤだけの話ではありません。

日本でも同じことが起きています。

しかし稲本さんは、「若者が外へ出ること自体は悪いことではない」と語ります。

地方に生まれ育った人にとって、外の世界を見たいと思うのは自然なことです。

だからこそ逆に、都会で育った人が地方へ入り、その土地の価値を再発見することも必要なのではないかといいます。

ずっとそこに暮らしている人には「何もない場所」に見えても、外から来た人には、山や森、水、文化そのものがかけがえのない魅力に見えることがあります。

外へ出る人と、新しく入ってくる人。

その交流によって、古いものが新しい形で受け継がれる可能性があります。

「木を切る=環境破壊」ではない。体験しなければ分からないこと

野口健さんは長年、子どもたちを対象とした環境教育にも取り組んできました。その中で、印象的な出来事があったといいます。
子どもたちと森へ入り、間伐を行ったときのことです。

なぜ木を切る必要があるのかを説明し、「この木は残そう」「こちらは切ろう」と考えながら作業しました。

ところが、参加した小学生の一人が感想文にこう書きました。

「今日は健さんと木を切って、健さんと環境破壊をしました」

教科書などで森林伐採の写真を見ていたその子にとって、

「木を切る=環境破壊」

という認識が強く残っていたのです。

しかし、森を守るために適切な間伐が必要になる場合もあります。
これは教科書を読むだけでは、なかなか理解できません。

実際に森へ入り、木を切り、その後の森がどう変化するのかを見る必要があります。
だからこそ野口さんは、同じ森で10年以上にわたって活動を続けています。

木を切ったことで光が入り、植生が変わり、生態系が変化していく。
自然は一度の体験ですべて理解できるものではありません。

何年も関わり続けることで、初めて見えてくるものがあります。

自然を守る第一歩は「好きになるきっかけ」を作ること

稲本さんは、環境教育について非常にシンプルな言葉で語ります。

最初は嫌々でもいい。
自分で植えた木が大きくなれば、その木が好きになります。

最初は嫌だった山登りも、一度登ってみれば好きになるかもしれません。
つまり、自然を守るために必要なのは、まず自然と出会う「きっかけ」を作ることです。

野口さんも、屋久島の学校でそれを実感しました。
地元の子どもたちに「縄文杉を見たことがある人?」と聞いたところ、ほとんど手が挙がりませんでした。

そこで半年後、子どもたちと実際に森を歩きました。
すると、みんな大喜びだったといいます。

自然が身近にあるからといって、その価値を自然に理解できるわけではありません。
大人がきっかけを作り、実際に触れ、感じる機会を作る必要があるのです。

次の世代へ「体験」をつないでいく

ヒマラヤ、白神山地、福井の湧き水、屋久島の森。
今回の対談には、世界各地、日本各地の自然が登場しました。

しかし、その根底に流れているものは共通しています。
自然の価値は、知識だけでは分からないということです。

森の匂いを嗅ぐ。
湧き水を飲む。
山を歩く。
木を植える。
現地で暮らす人と話す。

そうした体験があるからこそ「この場所を残したい」という気持ちが生まれます。そして現在、その体験を次の世代へつなぐ新たな取り組みも始まろうとしています。

野口絵子さんは、自ら「環境学校を作る」と宣言しています。
海外で学び、日本各地の自然を巡り、父・野口健さんとともに山へ入ってきた絵子さんは、どのような環境学校を目指すのでしょうか。

次回は、環境教育と野口絵子さんが描く「環境学校」の構想について、さらに話を掘り下げていきます。