| 開催日 | 2026年8月30日 |
| ゲスト | 成澤由浩さん |
| コメンテーター | 稲本 正 |
「土を食べる」と聞いて、いったいどんな料理が出てくるのだろう。
稲本正さんが料理人・成澤由浩さんの料理と出会ったとき、最初に抱いたのはそんな疑問だったそうです。
ところが、実際に口にしてみると、その印象は一変しました。
「正直、最初は疑っていたんだけど、食べてみたらめちゃくちゃ美味しかった。びっくりしましたね」
今回の対談では、そんな「土のスープ」の話から、成澤さんが料理を通じて伝えようとしてきた自然環境、里山、森、そして「食べることで共感を生み出す」という考え方について語っていただきました。
安全・安心な食材を求めて行き着いたのは「土」
成澤さんのお店がオープンしたのは2003年。
当初から無農薬の野菜など、素材そのものの安全性を大切にしながら料理を作ってきました。
しかし、その頃から世界各地で環境の変化が目に見える形で現れ始めます。
特に食材の世界では、海産物が以前のように獲れなくなるなど、自然環境の変化を直接感じる機会が増えていきました。
毎年のように「今年はおかしい」と言っていたものが、やがて一時的な異変ではなくなっていく。
稲本さんも、2005年に開催された愛知万博に触れながら、2000年代前半は多くの人々が環境の変化を肌で感じ始めた時期だったと振り返ります。
そうした時代の中で、成澤さんは「安全・安心な食材とは何か」を料理を通して伝えようとしていました。
そこで目を向けたのが「土」です。
最初は畑そのものに注目していました。しかし畑を見続けているうちに、野菜だけではなく、その野菜を育てている土こそが重要なのではないかと考えるようになります。
転機となったのは、ある農家との出会いでした。
長年にわたり農薬を使わずに育てられた野菜を食べたとき、そのあまりの美味しさに衝撃を受けたといいます。
そして冬、作物も雑草もほとんどない畑を目にしたとき、成澤さんは気づきました。
「この人は、野菜ではなく土を育てているんだ」
安全な野菜や果物を作るためには、まず、それらを育む土そのものが健全でなければならない。
この発見が、後の「土のスープ」へとつながっていきます。
「土のスープ」が呼び覚ます、人間の感覚
成澤さんが使用したのは、標高1,000メートル以上の場所にあり、長年農薬を使用していない畑の土でした。
その土と、冬の畑に残る細い根やゴボウなどを組み合わせ、一皿のスープに仕立てます。
もちろん、口に砂利が残るようなものではありません。料理として滑らかな状態に仕上げられています。
しかし、目の前で「土のスープです」と言われれば、多くの人は戸惑います。
本当に食べても大丈夫なのか。
危険ではないのか。
そんな感覚が一気に働き始めます。
成澤さんは、現代生活の中で鈍くなってしまった人間の五感が「土を食べる」という体験によって呼び覚まされるのではないかと考えています。
そして実際に口にすると、想像していた「土」とはまったく違う味わいが広がります。
旨味があり、奥深さがあり、ほのかな甘みまで感じられる。
稲本さんも、その意外性に強い衝撃を受けたといいます。
土は無機質ではない。「生きている」
土を料理してみたことで、成澤さんにはもう一つの発見がありました。
一見すると無機質に見える土に、なぜ旨味があるのか。その背景にあったのが、土の中に存在する無数の生命です。
健康な土には、さまざまな微生物や小さな生物が暮らしています。
実際に土を調べてみると、農薬を使用している土と、長期間農薬を使用していない土では、生物の存在に大きな違いが見られたといいます。安全な土には、小さな昆虫から微生物まで、多様な生命が存在していました。
つまり、土は単なる鉱物の集まりではありません。
「生きている土」なのです。
美味しい野菜を育てる土そのものにも、豊かな生命が存在している。
稲本さんは、この考え方について「極めて哲学的でもある」と語ります。
現在では「土中環境」という言葉も広く聞かれるようになりました。海や森だけではなく、私たちの目には見えにくい地面の下でも、環境の変化は起きています。成澤さんは料理という方法を使い、早い時期からその「見えない世界」を食べる人に伝えようとしていたのです。
畑から里山へ。里山から森へ
土に注目するようになった成澤さんの視線は、やがて畑の外側へと広がっていきます。
畑の周囲を見渡せば、小川があり、湧き水があり、その先には森があります。
森へ入れば、かつて使われていた炭焼き小屋も残っています。
昔の人々は、農作業が一段落する秋から冬に森へ入り、必要な木や枝を利用して炭を作り、暖を取ったり、調理に使ったりしていました。
畑だけで生活が完結していたわけではありません。
水があり、森があり、人の営みがあり、それぞれがつながって一つの風景を作っていました。
そこに成澤さんが見いだしたものが「里山」です。
里山は、人と自然が最も重なり合う場所の一つです。
そこには生活の知恵があり、食文化があり、道具があり、植物との関わりがあります。
「日本の暮らしを形作ってきたものが、そこに凝縮されている」
成澤さんは、そんな里山の風景そのものを料理として表現するようになりました。
自然の風景を、一皿の料理にする
成澤さんの料理の特徴は、自然や環境について言葉で説明するだけではないことです。
森や里山で見た風景を、実際に料理として再構築します。
たとえば、森の中を流れる小川。そのそばにある苔むした石。
自然のバランスが整っているからこそ生まれる、何気なくも美しい風景です。
その苔石を料理として表現し、皿の上に森の一場面を作り出す。
稲本さんは、こうした成澤さんの料理について「凝縮の仕方がうまい」と評します。
環境について長い説明をするのではなく、一皿の料理に風景や思想を凝縮し、それを食べてもらう。
成澤さん自身も、料理人である以上、食べることによってメッセージを伝えたいと語ります。
料理の裏側にある考えや、その土地がどのように成り立っているのかまで含めて、一つの料理として表現するのです。
美しくても、美味しくなければ伝わらない
料理には、芸術的な側面もあります。
皿の上に風景を描き、テーブル全体を使って世界観を作る。それはある意味、絵を描くことにも似ています。
しかし料理には、芸術作品とは異なる大きな条件があります。
「美味しくなければならない」ということです。
自然や環境への強い思いが込められていても、食べた人が美味しいと感じなければ、その先にあるメッセージまで届きません。
成澤さんはこう語ります。
「食べることで伝えるためには、美味しい、美しいという感動が必要です。
口に入れたときの感動がなければ、その次には進まないんです」
思想だけでもいけない。
見た目だけでもいけない。
美味しさだけでも終わらない。
食べた瞬間の感動を入口にして、その料理の背景にある自然や文化へと興味を広げてもらう。
それが、成澤さんが料理を通して行ってきたことなのです。
一冊の『森の惑星』から始まった出会い
2008年頃、成澤さんの意識は里山から、その先にある「森」へと向かっていました。
畑から顔を上げた先に広がっている森。
「次は、そこへ行くしかない」
そう感じ始めていた時期に現れたのが、稲本さんでした。
当時、稲本さんは著書『森の惑星』を持って成澤さんの店を訪れます。
食事の前から「シェフを呼んでほしい」とスタッフに頼んだものの、成澤さんは調理中ですぐには出られません。
そこで先に本だけが厨房へ届けられました。
タイトルにある「森」という言葉を目にした成澤さんは、強い衝撃を受けたといいます。
ちょうど自分自身が森を求めていた時期だったからです。
「喉が渇いたときに水を求めるくらい、僕がそのとき求めていたものだったんです」
本を受け取った成澤さんは、すぐに稲本さんのもとへ向かいました。
そして、そのわずか数日後には、実際に森へ足を運ぶことになります。
一皿の「土のスープ」と一冊の「森の本」。
二人の出会いは、まるでそれまで別々に進んでいた道が、同じ場所で交差したかのような出来事でした。
「正しい」だけでは人は動かない。必要なのは感動と共感
今回の対談で繰り返し登場したのが「感動」と「共感」です。環境問題について「これは良い」「これは悪い」と説明することはできます。しかし、それだけで多くの人の心を動かすことは簡単ではありません。
美しい、美味しい、面白い、驚いた。
・・・そうした感情が生まれることで、初めてその背景にある自然や環境にも目を向けることができます。
稲本さんは、成澤さんの取り組みを「料理をもって共感していくこと」と表現しました。
「土を食べる」という驚きから始まり、その美味しさに感動し、なぜ美味しいのかを考える。
すると、野菜へ、土へ、微生物へ、畑へ、里山へ、そして森へと視点が広がっていきます。
成澤さんの料理は、単に自然を模した美しい料理ではありません。
一口の料理から、その背後に広がる自然とのつながりを感じてもらうための入り口なのです。
そして、その根底にあるのは「伝えるためには、まず感動してもらう」という、とてもシンプルで力強い考え方なのかもしれません。
