| 開催日 | 2026年5月24日 |
| コメンテーター | 稲本 正 |
「Buy meではなく、Love meだ。」
モンベル創業者・辰野勇さんが、海外メディアの取材で語ったこの一言には単なるマーケティングを超えた思想が詰まっていました。
今回、共生進化ネットの対談にて、辰野氏と稲本正氏が語り合ったのは「ものづくり」「自然」「失敗」、そしてAI時代における“人間らしさ”について。
そこには、今の時代だからこそ考えたい本質的な話が数多く含まれていました。
「カタログ」ではなく、“思想”を残したかった
対談では、1980年頃のモンベル初期カタログが紹介されました。
創業からわずか5年。当時のスタッフ全員が載っているという非常に貴重な資料です。
今では当たり前になったアウトドアブランドのカタログですが、当時はまだそうした文化自体が珍しかったそうです。
しかも当時のモンベルには潤沢な資金があったわけではありません。
4色印刷ではなく、セピアと墨による2色刷り。
エアブラシで陰影をつけ、少しでも立体感を出そうと工夫していたといいます。
しかし、そこに漂う空気感は、むしろ今よりも濃密です。
単に商品を並べるのではなく「自分たちは、なぜこれを作るのか」という思想そのものを残そうとしていたことが伝わってきます。
モンベルが大切にしてきた「機能美」
辰野氏は、モンベルのものづくりを象徴する言葉として、次の二つを挙げました。
- Function is Beauty(機能は美である)
- Light & Fast(軽く、速く)
装飾のためのデザインではなく、必要な機能を突き詰めた先に美しさが生まれる。
それがモンベルの思想です。
例えば、軽量化。
山では「軽い」ということが、そのまま安全性につながります。
荷物が軽くなれば行動速度が上がり、危険地帯から素早く離脱できる。
つまり「軽さ」は、単なる便利さではなく、“命を守るための機能”でもあるのです。
だからこそ、素材へのこだわりも強い。
当時画期的だった中空繊維「ダクロン・ホロフィル」についても、カタログ内で非常に丁寧に説明していたそうです。
「売りたい」を超えたものは、人に伝わる
対談の中で印象的だったのは、モンベルという存在から“単なる商売以上のもの”が伝わってくる、という話でした。
もちろん商品は売りたい。しかし、その奥にある思想や情熱まで伝わった時、人は“ファン”になる。
実際、稲本氏自身も長年モンベルの靴を使い続けているそうです。
木を植える仕事をする中で、その靴と共に過ごした時間が、自分の人生と重なっていった。
だから単なる「道具」ではなくなる。
そこに「愛着」が宿るのです。
辰野氏も、
「物は、精神やスピリットを伝える存在でなければ、人から愛されない」
と語っていました。
単に機能が優れているだけでは、人の心には残らない。
その背景にある思想や、生き方までも含めて、人は“物”に惹かれていくのかもしれません。
「失敗」ではなく「不都合」
さらに興味深かったのが、“失敗”に対する考え方です。
辰野氏は、自分の人生を振り返った時、
「失敗したことがない」
と語ります。
もちろん、うまくいかなかったことは山ほどある。
しかし、それを「失敗」とは捉えていない。あくまで「不都合」だっただけだ、と。この考え方は、エジソンの有名な逸話にも通じます。
電球開発の際、
「失敗ばかりではないか」
と言われたエジソンは、
「うまくいかない方法を999通り発見した」
と答えたそうです。つまり、経験はすべて“蓄積”になり、成功も失敗も含めて、人の直感や創造性を育てていくのだということをお話を通じて改めて実感しました。
AIでは届かない「感覚」の世界
対談後半では、AIについての話題にも触れられました。辰野氏は、AIの可能性を認めつつも、
「感覚の領域は苦手だと思う」
と語ります。
印象的だったのが、森の話です。ある日、北秋田市の森吉山(もりよしざん)を案内してもらった際、ガイドの方が木の種類や樹齢を熱心に説明してくれたそうです。
しかし途中で辰野氏は、
「少し黙って、鳥の声を聞きませんか」
と提案した。
すると初めて、“森そのもの”を感じられたというのです。
知識は大切です。
けれど、人間が本当に感動する瞬間は、説明し尽くせない部分に宿る。
それは、AIがどれだけ進化しても、簡単には置き換えられない領域なのかもしれません。
「愛されるもの」を作れるか
最後に辰野氏は、自作の笛で演奏を披露しました。
その音色は、どこか懐かしく、昔から知っていたような感覚を呼び起こします。
派手ではない。・・・けれど、自然と心に残る。
それは、モンベルというブランドそのものにも通じる印象でした。
今は「どう売るか」が重視される時代です。
しかし本当に長く残るものは、
「どう愛されるか」
を考えて作られたものなのかもしれません。
辰野勇氏の言葉には、その本質が静かに宿っていました。
