| 開催日 | 2026年9月6日 |
| ゲスト | 成澤由浩さん |
| コメンテーター | 稲本 正 |
成澤由浩さんとの対談、第2回。
前回に続いて今回も、料理と森、日本人が受け継いできた自然との関わり、そして現代だからこそ改めて考えたい「本質」について、話は大きく広がっていきました。
すべては、森で出会った「香り」から始まった
成澤さんと稲本さんが初めて出会ったのは2008年頃。
そのわずか2日後には、一緒に森へ入っていたといいます。
まだ寒さの残る季節。木々には葉が少なく、見渡せば枝ばかり。そんな森の中で、成澤さんは小さな芽を見つけました。
畑でも森でも、気になったものはまず口にしてみるという成澤さん。その芽をつまんで口にした瞬間、強烈な香りに驚かされます。
それが、ニオイコブシとの出会いでした。
春先、まだ昆虫の少ない時期に花を咲かせるニオイコブシは、昆虫を呼び寄せるために強い香りを放つといわれています。
成澤さんは、その香りと味に大きな可能性を感じ、やがてニオイコブシを使ったデザートなど、さまざまな料理へと展開していきました。しかし、調べていくうちに気づかされたのは、昔の人々がすでに植物の特徴を暮らしの中で巧みに利用していたことです。
「これは新しい発見だ」と思ったものが、実は先人たちによってすでに見つけられていた。
料理を通して森を知れば知るほど、成澤さんは先人の知恵の深さに驚かされていったといいます。
クロモジに残る、日本人と森の文化
話題はクロモジへと移ります。
クロモジといえば、和菓子などに添えられる高級楊枝の材料として知られる植物です。
単に加工しやすい木だから使われてきたわけではありません。香りがよく、殺菌作用も期待できる。昔の人々は植物の性質を知り、それを日々の暮らしへ取り入れてきました。クロモジにも地域によって違いがあり、葉の大きさや毛の有無、香りなどから複数の種類に分けられていったと稲本さんは説明します。
成澤さんのもとには現在も森からさまざまな植物が届き、その一つであるクロモジはお茶としても提供されています。
クロモジ茶は香りが豊かで、カフェインを含まないことも特徴です。世界中から訪れるお客様の中にはカフェインを避ける人もいるため、幅広い人に楽しんでもらえる飲み物になっているそうです。
さらに若葉は天ぷらにすることもできます。成澤さんにとって、森の葉はもはや単なる「葉っぱ」ではありません。
「森の木の葉っぱでさえ、サラダに見えてしまう」
そんな言葉が飛び出すほど、森は食材に満ちた場所になっていきました。
「森を食す」ことで、森への入口をつくる
こうした経験から、成澤さんの料理には「森を食す」という大きなテーマが生まれました。
森の植物を料理として味わってもらう。
香りを感じ、「おいしい」と思ってもらう。
そして「これは、どこで採れたものなのだろう?」と興味を持ってもらう。
それが森や地域へ目を向けるきっかけになります。
実際に、料理に使われている食材について「これは飛騨のものです」「これは石川県から届いたものです」と説明すると、海外から訪れたお客様がその土地へ行ってみたいと言うこともあるそうです。
地方に人を呼びたいからといって、ただ「地方へ行きましょう」と呼びかけても、人はなかなか動きません。
まず「おいしい」「面白い」「もっと知りたい」という感覚がある。
その先に「これはどこにあるのだろう」という興味が生まれ、人が地域へ向かっていく。
料理が、東京と日本各地をつなぐ入口になるのです。
世界のシェフが、日本の森へ
2009年頃から成澤さんは、海外でも日本の里山文化や「森と共に生きる」という考え方を発信するようになります。
その際に掲げた言葉が「Evolve with the Forest(森と共に進化する)」でした。
単に森の中で暮らすのではありません。
自然と人間がお互いに関わりながら、共に変化し、共に生きていく。
その後、世界各地のシェフが森へ入り、そこで見つけた食材から料理を作る活動にもつながっていきます。
2011年には石川県で、世界各国からシェフが集まるイベントが開催されました。東日本大震災が発生した年でもあり、日本を訪れることへの不安もありました。しかし世界のトップシェフたちは、「こんな時だからこそ日本へ行こう」と集まってくれたといいます。
森の中では、普段のレストランとは環境がまったく違います。大勢のスタッフもいません。シェフ自身が森を歩き、食べられるものを探し、互いに助け合いながら料理を作ります。そこで海外のシェフたちを驚かせたのが、日本の森の多様性でした。
川辺には天然のクレソンがあり、ワサビがあり、森にはニオイコブシをはじめ、さまざまな食べられる植物があります。
料理という共通言語を通して、国籍や言葉の壁を越えたコミュニケーションも生まれていきました。
発酵文化にも、森の知恵がある
対談では、日本の発酵文化と木との関係にも話が及びました。
味噌、醤油、日本酒など、日本の食文化を支えてきた麹菌。
昔の人々は現代のような科学的設備を持たない中で、木や灰など自然にあるものの性質を利用し、微生物を扱ってきたといいます。
料理だけではありません。
染色などの文化にも灰が使われてきました。
森にある植物や木々は、食べ物、道具、香り、発酵、染色など、生活のさまざまな部分につながっています。
成澤さんは、こうした先人たちの知恵を調べれば調べるほど、その奥深さに驚かされると語ります。
一方で、その知恵が現代では少しずつ忘れられています。
だからこそ、料理としてもう一度表現し、現代の人に体験してもらう意味があります。
ついには「木そのもの」を食べてみる
「森を食す」という探究は、さらに先へ進みます。
「木そのものを食べられないだろうか?」
成澤さんは稲本さんからさまざまな木を送ってもらい、煮出したり、水に浸したり、粉にしたりしながら試行錯誤を重ねました。
そして生まれたのが「森のパン」です。
森で採取された酵母を使ってパンを発酵させ、さらに木の粉を料理の表現として取り入れます。
ここで大切なのは、単純に「木を入れたらおいしくなった」という話ではありません。
そこには「森を感じてもらう」というメッセージがあります。
目には見えない微生物がパンを膨らませる。森から採取された酵母が活動する。
木が料理の一部になる。
一皿を通して、人間が無数の生物や森の循環の中に生きていることを体験してもらうのです。
自然を「再発見」するということ
稲本さんは、こうした成澤さんの取り組みについて、興味深い指摘をします。
近年「ネイチャーポジティブ」という言葉が広く使われるようになりました。
しかし、本当に必要なのは単に自然を守るという発想だけではなく「自然をもう一度発見し直すこと」ではないかというのです。
料理から始まった成澤さんの探究も、最初から壮大な環境思想を掲げて始まったわけではありません。
「おいしいものを作りたい」
「面白い料理を作りたい」
そうして森へ入り、植物を味わい、昔の文化を調べていく。
その積み重ねの先に、森と人間との関係を再発見することにつながっていきました。
食べることで森を知る。知ることで森に興味を持つ。興味を持つことで、人が森へ向かう。
料理には、そんな循環を生み出す力があります。
AI時代だからこそ「本質」を伝えたい
そして対談の終盤、話は現代社会へと移ります。
インターネットやAIが発達し、私たちは膨大な情報に囲まれるようになりました。
だからこそ成澤さんが近年強く意識しているのが、人と人との関係性です。
料理やレストランという時間と空間を通して、人と人が向き合う感覚をもう一度思い出してもらう。情報に埋もれそうな時代だからこそ、「本物とは何か」を食を通して感じてもらいたいといいます。しかし、成澤さんがたどり着いた答えは、単に「本物を追求する」というものではありませんでした。
重要なのは、その奥にある「本質」です。
本物の食材だから価値があるのではありません。その食材を、
- 誰が育てたのか。
- どのような環境で育ったのか。
- どのような考えを持って作られたのか。
- そこへ至るまでに、どんな時間と物語があったのか。
そうした背景まで含めて、人の心を揺さぶるものこそ「本質的なもの」なのではないか。
成澤さんはそう考えています。
「木組み」の先にある「人組み」
この話を受けて、稲本さんは宮大工の世界に伝わる考え方を紹介しました。優れた建物をつくるためには、木を組む技術だけでは足りません。大工たち自身が良い関係を築き、一つの集団として力を合わせなければ、長い年月に耐える建物は生まれない。
つまり「木組み」の前に「人組み」がある。
料理も同じなのかもしれません。一皿の料理だけを見れば、美しく、おいしいものは作れるかもしれません。しかし、その食材を育てる人、森を守る人、料理する人、そして食べる人。
その関係性まで含めたところに、本当の価値が生まれます。森を食べることから始まった今回の対談は、最後には「人と人がどうつながるのか」という問いへとたどり着きました。自然と人。料理と文化。過去から受け継がれてきた知恵と、これからの社会。
一見すると別々に見えるものも、掘り下げていけばすべてがつながっています。そして、そのつながりの中にある「本質」をどう伝えていくのか。このテーマは次回、さらに具体的な事例を交えながら掘り下げていきます。
