「介護は『支える』だけではない」─市毛良枝さんが語る、家族と笑顔で向き合う介護のかたち

介護という言葉を聞くと「大変」「つらい」「終わりが見えない」といったイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。しかし、介護には苦労だけではなく、家族だからこそ生まれる笑顔や、新たな発見があります。

今回は、女優・登山家として活躍する市毛良枝さんをゲストに迎え、介護を通して感じた家族との向き合い方や、「生きる力」を支えるヒントについて伺いました。


介護は、ある日突然始まった

市毛さんのお母様は、それまで自宅で元気に暮らしていました。
ところが、ちょっとした転倒をきっかけに状況が一変します。

会話や身体の自由が急に難しくなり、その日から自然な流れで介護生活が始まりました。

「倒れそうになった母が手を伸ばしてきた時、その手を振り払うことなんてできませんでした。そこから自然に寄り添う生活になりました。」

散歩では手をつないで歩き、周囲からは「親孝行ですね」と声を掛けられることもあったそうです。
しかし市毛さんは、「親孝行というより、その時できることを一つひとつ続けていただけでした」と振り返ります。

家族だけで抱え込まないことが大切

対談では、介護を経験している原田さんも自身の体験を語りました。

現在93歳のお母様を在宅介護している原田さんは、

「家族だからできることは確かにあります。でも、家族だけで抱え込むと本当に苦しくなります。」

と話します。

これに対して市毛さんも、

「病院や行政の支援を上手に借りながら、その中で家族が支えていくことが大切です。」

と共感。

介護は家族だけで完結させるものではなく、周囲の力を借りながら続けていくものだという考えが語られました。

「食べること」は、生きる力そのもの

介護を通して、三人が口をそろえて語ったのが「食事の大切さ」でした。原田さんのお母様も、市毛さんのお母様も、一時は体重が27〜28kgまで減少。病院では十分に食べてもらうことが難しい場面もありました。

そこで原田さんは、お母様が昔好きだった料理を自ら作るようになります。

「気づいたんです。自分が作っている料理は、昔、母が作ってくれていた味なんだって。」

子どもの頃に親から受け継いだ味。
その味が今度は親を支える力になっていた。

介護だからこそ気づけた、親子のつながりがそこにはありました。

家族だからこその難しさもある

一方で、市毛さんは思わず笑ってしまうようなエピソードも紹介しました。

「うちは娘の料理を食べてくれませんでした(笑)。」

身内だからこそ遠慮がなく、わがままも出てしまう。
逆に施設ではスタッフの言うことを素直に聞く。そんな「家族介護あるある」に、場は笑いに包まれました。

介護は決して理想論だけではありません。
だからこそ、市毛さんは著書の中でも、

「介護は暗くつらいだけではない」

ということを伝えたかったと語ります。
お母様の笑顔を見るたびに、

「この笑顔が見られるなら、もう少し頑張ろう。」

そう思えた日々だったそうです。

親の人生を知ることが、新しい会話になる

介護が始まると、会話はどうしても

「ご飯食べた?」
「薬飲んだ?」
「今日はどうだった?」

といった”業務連絡”になりがちです。
そんな中、稲本さんは「昔の話を聞くこと」を勧めます。

稲本さんのお父様はシベリア抑留を経験していました。

晩年、認知症の症状が出てからロシア語の「ダ(Yes)」を繰り返すようになり、その意味をお母様に尋ねたことをきっかけに、シベリアでの壮絶な体験を知ることになります。

その記録は、後に一冊の本となりました。

介護は「世話をする時間」ではなく、親の人生を知る最後の時間でもあるのです。

「行きたい」が人を元気にする

市毛さんが特に印象的だったと語ったのが、お母様とのオレゴン旅行でした。
90代後半となり車椅子生活になっていたお母様。
それでも「オレゴンに行きたい」という一言が、大きな目標になりました。

旅行の日程が決まるとリハビリに励み、体調管理にも前向きになり、現地では普段ほとんど話さなかったお母様が、その日の出来事を楽しそうに語るようになったそうです。

人は何歳になっても「楽しみ」や「目標」があるだけで、生きる力が湧いてくる。
そんな実体験が紹介されました。

「仕事」が生きる力になる

市毛さんは、認知症予防や健康維持の基本として、

  • 水を飲む
  • ご飯を食べる
  • 運動する
  • 刺激を受ける

という四つの原則を紹介しました。

特に印象的だったのは、「刺激」の中には**仕事(役割)**も含まれるという話です。

例えば、

  • タオルを畳む
  • 食器を並べる
  • 洗濯物をたたむ

といった小さな役割でも構いません。

「何もしなくていいよ」と全てを奪うのではなく、

「お願いできる?」

と役割を持ってもらうことで、人は生きがいを感じ、心も身体も動き始めるのだと語られました。

編集後記

今回の対談で印象的だったのは、「介護は支える側だけが頑張るものではない」という考え方でした。
食べること、会話をすること、昔話を聞くこと、旅行という目標を持つこと、そして小さな役割を持つこと。

どれも特別なことではありません。しかし、その積み重ねが本人の生きる力を引き出し、介護する家族にも笑顔をもたらします。

介護は決して楽なものではありません。

それでも「一緒に人生を楽しむ」という視点を持つことで、日々の景色は少し違って見えてくるのかもしれません。

次回は、市毛良枝さんが年齢を重ねてから挑戦した「本格的な登山」について、さらに詳しくお話を伺います。
どうぞご期待ください。