「まさか山に昇る人になるとは」―市毛良枝さんが語る、自分の可能性に気づいた瞬間

「自分には体力がない。」
「運動なんて苦手。」

そう思い込んでいる人は少なくありません。
俳優・市毛良枝さんも、かつてはまさにそんな一人でした。

しかし、父親との別れをきっかけに偶然出会った「山」が、その思い込みを覆します。
今回の対談では、市毛さんと稲本さんが、自然の中で得た学びや人生観について語りました。


「山なんて嫌いだった」から始まった人生の転機

市毛さんは意外にも、もともと山に興味があったわけではありません。

山岳遭難のニュースを見ては、

「危険そう」
「どうしてあんな大変なことをするんだろう」

そんな印象しか持っていなかったそうです。
転機となったのは、お父様が入院された病院でした。
担当医が山好きで、診察の合間に楽しそうに山の話をする姿を見て、

「山って、行ったら死ぬような場所じゃないんだ。」
と初めて感じたと言います。

お父様が亡くなった後、お礼の挨拶に訪れた際、

「今度、山へ行くとき誘ってください。」
と半分社交辞令、半分本気でお願いしたところ、

返ってきたのは「いつ行きますか?」という思いがけない返事でした。

初めて登った山で、自分の思い込みが崩れた

初めての登山は、北アルプス・常念岳方面。

初心者向けと言われたものの、標高は約3,000メートル。
想像以上の本格的な山でした。

最初は必死だったものの、不思議と途中から楽しくなり、気がつけば夢中で歩いていたそうです。
さらに下山後、同行した先生から言われた一言が、市毛さんの人生を変えます。

「意外とバランスがいいね。」

人生で初めて運動能力を褒められた瞬間でした。
自分には体力も運動神経もないと思い込んでいたものの、それは事実ではなく、長年の思い込みだったのかもしれない。

そんな気づきが、市毛さんの中で大きな転換点になりました。

「できない」は思い込みだった

山を始めてから、市毛さんはさまざまな山へ挑戦するようになります。

その経験を通じて気づいたのは、

「自分で勝手に限界を決めていただけだった。」

ということでした。

やったことがないだけで、本当はできることがたくさんある。

その成功体験は、

「とりあえずやってみよう。」

という前向きな考え方へと変わり、人生そのものが大きく変化したと語ります。

稲本正さん「褒められる経験が人生を変える」

稲本さんは、この話に深く共感を示します。
稲本さんも若い頃、自分に自信が持てず、進む道に迷っていた時期があったそうです。

そんな中、山小屋づくりに参加した際、棟梁とうりょうから

「お前、筋がいい。弟子になってもいいぞ。」

と言われました。
人生で初めて認められた経験だったと言います。

誰かに「向いている」と言われる。
その一言が、人の人生を大きく変えることがある。

二人の体験には、共通するものがありました。

山は「登ること」が目的ではない

対談では、市毛さんの著書『近場の山』についても話題になりました。

この本は、難しい登山を紹介するものではありません。
初心者でも歩ける山を中心に、

  • その土地の歴史
  • 地元の人々の物語
  • 山道に込められた想い

まで紹介されています。

山を「制覇する場所」ではなく「物語を歩く場所」として楽しんでほしいというメッセージが込められていました。

自然は人生を教えてくれる

対談の終盤では、山だけでなく森や宇宙、樹木、星空の話へと広がっていきます。

自然の中に身を置くと「人間はなんて小さな存在なんだろう。」と感じる一方で、「だからこそ、今を大切に生きよう。」という気持ちにもなります。

「山で学んだことは、母の介護にも生かされました。」

市毛さんは、こう振り返ります。

身体の仕組みや回復力を自分自身で体感していたからこそ、リハビリにも前向きに向き合えたと言います。
自然から得られる学びは、山だけで終わるものではありませんでした。


まずは「やってみる」ことから

対談の最後、市毛さんはこんなメッセージを残しました。

「やってみて、合わなければやめればいいんです。」

想像だけで判断するのではなく、まず一歩踏み出してみる。

その一歩が、自分でも知らなかった可能性に出会うきっかけになるかもしれません。

山は人生を変える。

しかし本当に人生を変えるのは「やってみよう」と決めた、その最初の一歩なのです。